バイオメカニクス
今泉 一哉 教授
医療情報はこれからの医療を支えるために絶対に必要な分野です。皆さんは医療情報の専門教育を受ける数少ない専門家の卵です。広く、そして深く学んでいくことを期待します。
大学の教員をしていると研究者としての専門を聞かれることがあります。バイオメカニクスや人間工学とお答えしていますが、取り扱っているテーマは、外反拇指やアーチの評価、子どもの歩行分析、脱水症予防アプリ、看護師の腰痛とQOL、病院職員の行動分析など多岐に渡ります。一見バラバラなのですが、共通する研究の興味は「人の動きを測ること」だと考えています。
「からだの動き」の研究の例としては、大きめの靴を履いた時の子どもの歩行について調べたことがあります。子どもの足の成長は速いため、大きめの靴を選びたくなりますが、一般にサイズのあった靴を履かせることが推奨されます。理由としては、サイズの合わない靴は不自然な動きを助長したり、発達を妨げたりすると考えられているからです。しかし、具体的な影響の範囲や大きさはよくわかっていません。そこで、実際に小学生の歩行の様子を撮影して数値化してみると、歩幅や歩行速度などに明確に影響することがわかりました。 従って、確かに靴のサイズは子供の歩行にとって重要な要因だという事がわかります。
一方で、私を研究へと動かすものは、学問的興味だけではないように感じています。何かしらの達成感を得たいという願望や、成果を上げたいという欲望、負けず嫌いな性格など、内的な「こころの動き」の要素が大きいように思います。やはり、学生や仲間と研究について議論して新しいアイディアや成果が得られる瞬間は至福の時ですから、一種の快感なのかもしれません。
さて、「人を動かすもの」について生理学的な観点から考えると、「からだの動き」である身体運動は、基本的に骨格筋の収縮の組み合わせによって実現されます。筋収縮は、脳や脊髄などの電気的な興奮が、神経を通じて筋に伝わることで引き起こされますが、神経や筋の電気現象の元になっているのは、カリウムやナトリウムなどのイオンの働きです。これらは、筋表面に電極を貼付することで、筋電位として測定することができます。逆に、筋電位を用いて義肢やロボットを動かすということも実用化されています。
「こころの動き」については多くの研究が行われており諸説ありますが、こころは脳活動と関係すると言っても差し支えはないかと思います。基本的には脳の神経活動も電気現象ですので、筋電図と同様に脳波として測定することができます。また、脳波を用いてコンピュータやロボットなどを動かすBrain Machine Interface(BMI)も実用化されています。以上の事から、「人を動かすもの」は「電気現象」と言うことができます。
人の動きの研究をしていると、脳や脊髄などのシンプルな電気現象によって、筋骨格をどのように動かすのかという「神経制御」に興味を持ちます。人の動きの中で、特に基本的なパターンがプログラムされているものとして「歩行」と「嚥下」があります。これらは、脊髄や脳幹に内在する中枢パターン発生器(Central Pattern Generator:CPG)によってリズムと筋活動が半自動で制御されています。例えば、歩行におけるCPGの存在を示すものとして、脳からの命令なしに歩行が可能であることがあります。
「歩行」と「嚥下」の臨床的な共通点は、どちらも何らかの理由で障害が発現すると、直ちにQOLに影響を与える事だと考えます。「歩けなくなること」「飲み込めなくなること」は、要介護となる大きな要因の一つです。おそらくどちらも生物として生きていくために最も基本的な機能ですから、生得的な半自動の制御機構が存在し、QOLへの影響が大きいのだと想像します。
今泉 一哉 教授 プロフィール 1998年 早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業、2000 年 同大学院人間科学研究科修士課程修了。博士(人間科学)。 専門分野はバイオメカニクス、人間工学、スポーツ科学。 主な研究テーマは、フレイル予防を目的とした歩行・運動機能の分析・評価、VR やウェアラブルデバイスなど新しい情報技術を用いた支援手法の開発など。 2011年 日本生体医工学会 研究奨励賞・阪本研究刊行助成賞・阿部賞。研究成果の還元のため、地域高齢者を対象とした体力測定や講演活動、企業と連携した新技術開発などを積極的に行っている。計測自動制御学会ライフエンジニアリング部門幹事、日本生活支援工学会評議員、バイオメカニズム学会編集委員、世田谷区健康体操連盟顧問。 |